山行時間=約5時間30分  (お寺巡り 休憩に2時間かな)
情   報=おトイレは 駅に、日吉神社に、延暦寺会館に、根本中堂前に ガーデンミュージアムに ありました。

JR比叡山坂本駅(8:30)…日吉神社鳥居さん(9:00)…南善坊(9:25)…猪よけとびら(9:27)…亀の塔…法然堂(10:33)… 延暦寺会館(10:44-11:00)…戒壇院…文殊楼(11:07)…根本中堂(11:20-45)…阿弥陀堂(12:20-50) …阿弥陀堂裏山頂への階段道(13:00)…山頂(13:25)…ガーデンミュージアム前ガレージ(13:42)… 分岐(14:00)…展望台(14:08)…横川分岐…根本中堂(14:30)… 延暦寺会館(14:47)…日吉神社赤鳥居(16:00)…喫茶店(16:10-17:00)…JR比叡山坂本駅(17:05)

登り: 駅から登山口まで=30分 、登山口から延暦寺会館まで=1時間40分、延暦寺巡り&昼食=2時間、阿弥陀堂裏階段〜山頂まで=25分。
下り: ガーデンミュージアムから根本中堂まで=50分、根本中堂から登山口鳥居さんまで=1時間30分。


(おだやかな谷道でした。薄い雪がありましたが 登りでは 気をつければ アイゼン要りませんでした。
延暦寺会館手前の 急坂の 舗装道路では 手すりを握りながらの登り、下りでは アイゼンをつけました。

阿弥陀堂から 山頂への登山道が 分かりませんでした、。阿弥陀堂裏に回ると すぐに階段があり 通行止めとロープがありました。
ロープをくぐり、登っていくと山頂でした。(自己責任で) 
急坂に丸太階段の道がつけられています。20分ほどで 水平道になり 明るくなった西へと進むと 人工物があり その裏が山頂でした。)



友人が 登山靴を買った!! 
「私がいける雪山連れてって-★」、との希望で、考えて 「比叡山」を提案しました。
彼女も私も かねてから、根本中堂へお参りしたかったので、この際 「行って見ようー!」と、言うことになりました。(^^)

新快速敦賀行きに乗り 「比叡山坂本駅」に 降り立ったのが8時30分。十分に時間があります。十分に楽しもう!




駅から降り立つと 左手に山が見えます。
「穴太衆積み」で有名な 坂本の風情を 眺めつつ、まずは日吉神社へと進むます。
ネットで見た 鳥居さんが現れました。振り返ると 琵琶湖が見えます。
滋賀は美しい。

1)JR比叡山坂本駅 おりて 西へ進む。

2)日吉神社鳥居さんが見えてきた。

3)右が日吉神社。




確か登山道は、、、階段がある箇所、、っと 「あったー!!」。 左手に階段がありました。
標識をよく見ると、「←根本中堂」と 書かれていました。
「これだこれだ」と 記念撮影をして 登って行きました。

4)レポにあった 階段発見。

5)←根本中堂とあります。これだ!

6)記念撮影その@







比叡山高校の横の ながーーい階段 ひたすら登ります。やがて終わり 右手には林道があるよう。
通行止めの立て看板があるが、横に「←延暦寺から大原へ」の標識があり、直進と確認できました。

7)そのA

8)なが〜〜い階段でした。

9)





舗装道路の先に またまた階段、建物は「南善坊」でしょうか。
階段を登ります。

10)標識があり 直進と確認できた!

11)「南善坊」かな? また階段です。

12)階段上部。






階段上部で 振り向くと 階段の脇の燈籠に雪、先には 坂本の町に琵琶湖と とっても美しい。
「あっらーー、、、、きれい、、きれい、、滋賀はいいとこやなぁ、、」と 四国出身の友人は喜んでいます。
私のカメラでは 琵琶湖を写すと 燈籠がぼけ、燈籠を中心にすると 琵琶湖がぼけます、、、、。

13)振り向くと琵琶湖がきれい。

14)猪除けを開けて通る。

15)戸を開けると地道になった。





やがて鉄塔がありました。
先行の山ガールが 立ち止まっていた箇所に着くと、
なるほど!展望がありました。(^^) 見入ります。
山道に不意にある 展望ってステキ〜♪

16)鉄塔があった。

17)山ガールが見とれていた展望。






18)いよいよ雪が出てきましたよ。

19)日が当たる箇所は雪がない!

20)おだやかな谷道は続きました。




雪道2年ぶりの友人、「真っ白やなー!」と 喜んでくれました。

21)雪道久しぶりの友人。

22)

23)おじぞうさま。





ぼちぼちと 延暦寺会館が近いかな、、、、、??

24)亀塔? 、、かな??

25)山女の風格が 出てきた友人でっす。(笑)

26)ガードレールがある 舗装道に合流かな。





法然堂を過ぎ 舗装道路は 凍てていて滑る!!
手すりがあったので 注意をして通過です。
ネットで見た延暦寺会館の 基礎の塀が現れました。
着いた、着いた。延暦寺会館は立派なホテルでした。

27)下ると、法然堂らしい、、。

28)舗装道路は凍ててました。手すりが助かりました。

29)延暦寺会館の基礎の塀かな。






延暦寺会館で お土産を買って、おトイレをお借りしました。
ランチ+温泉で2980円だそうです。
ご婦人の団体が送迎バスで到着されてました。楽しそうでした。

30)会館でトイレ休憩させていただく。

31)進むと 「文殊楼」

32)そして根本中堂へ。


スロープは凍ててそうで、左の階段を下ることに。
チャイニーズの観光客か、お子さんが雪に戯れていました。
靴を脱ぎ、お参りいたしました。おごそかでした。パワーを感じました。

33)根本中堂。http://www.hieizan.or.jp/

34)根本中堂はこの奥ですが 撮影禁止です。


比叡山は古代より「大山咋神(おおやまくいのかみ)」が鎮座する神山として崇められていましたが
この山を本格的に開いたのは 伝教大師最澄上人(766〜822)でありました。
最澄は延暦7年(788)薬師如来を本尊とする 一乗止観院(現在の総本堂 根本中堂)を創立して比叡山を開きました。

最澄が開創した比叡山は 日本の国を鎮め護る寺として 朝廷から大きな期待をされ 桓武天皇時代の年号「延暦」を寺号に賜りました。
最澄は国の鎮護国家の為には、真の指導者である「菩薩僧」を育成しなければならかいとして、比叡山に篭って修学修行に専念する12年間に教育制度を確立し、 延暦寺から多くの高僧碩徳を排出することになりました。

特に鎌倉時代以降には 浄土念仏の法然上人 親鸞聖人 良忍上人 一遍上人 真盛上人、
禅では臨済宗の栄西禅師 曹洞宗の道元禅師 法華経信仰の日蓮聖人など 日本仏教各宗各派の祖師方を育みましたので、 比叡山は日本仏教の母山と仰がれています。

比叡山延暦寺最盛期には三千にも及ぶ寺院が甍を並べていたと伝えられていますが、延暦寺が 浅井 朝倉両軍をかくまったこと等が発端となり、元亀2年(1571)織田信長によって、比叡山は全山焼き討ちされ 堂塔伽藍はことごく灰塵に帰しました。

その後、豊臣秀吉や徳川家の外護や慈眼(じげん)大師大僧正(1536〜1643)の尽力により 比叡山は再興されました。

さらに明治初年の神仏分離や廃仏稀釈の苦難を乗り越えて現在に至っております。

信長焼き討ち以後 千日回峰行や12年篭山行も復興されています。また昭和62年、(1987)8月に世界から 仏教 キリスト教
イスラム教 ヒンズー教、シーク教、儒教の7大宗教の代表者が集まり、世界平和の実現のために対話と祈りを行う 「世界宗教サミット 世界宗教者平和の祈りの集い」が 開催され 以降8月4日に比叡山山頂にて毎年開催しております。




35) 次に、大講堂

36)そして、戒壇院

37)阿弥陀堂前で 昼食タイム。







延暦寺HPから 戴いてまいりました。
山道から舗装道路になり たどり着いたのが「延暦寺会館」
お土産を買い、トイレをお借りし 大休止。

「大書院」を横目に 「文殊楼」に寄る。
「一隅会館」「万拝堂」にも寄り、
いよいよ「根本中堂」へ。
ここでは靴を脱ぎ お参り。
いや、、、大感動でした。
最澄さんがともされ
1000年守られている火を眺めました。
燈籠の中にあるので、
明るい光を見るだけでしたが、、。
パワーを感じました。
徳川3代将軍の再建だそうです。
いや、、おごそかでした。
写真は一切写せません。

そして「大講堂」を眺め、
「鐘楼」を一打50円で打つ。
「戒壇院」を過ぎ、「阿弥陀堂」へ。ここの庭で昼食でした。






 阿弥陀堂の写真がなく、HPから戴いてきました。
ベンチの横で「カップうどんにお湯」の お昼でした。
隣のベンチの エイタ似の 爽やかな広島からの青年。
「どちらから?」と話しかけてくださり 山談義。
実家は大阪とかで 帰省中の登山らしい。
「たまに帰ってきても 家にはいない、、とは母嘆いているね」と友人と話しました。
うちの息子も 独身の間 帰省は一年2時間でした。今は月2回も帰省ですが、。

38)東塔

39)阿弥陀堂


 昼食後 地図を眺め「大比叡」への、道を 調る。
「阿弥陀堂」の裏にあるらしい、行って見て 前方の林道かしら、?、と進んでみる。
磁石を見ると 北に進んでいて どうも違うかな、、西に進むはず。

阿弥陀堂を下った舗装道路からかと、 戻ろうとすると
阿弥陀堂の裏 すぐにある、階段を登る 登山者発見。
お尋ねすると 山頂への道らしい。
「ついておいで」と 言ってくださり甘えることに。
通行止めの綱が 張ってあり 標識は一切ありません。
「ここが一番の難所です」と 先行登山者さん。 「なるほどねぇー!」
綱をくぐり、続きました。

40)阿弥陀堂と東塔の間 裏すぐの階段です。

41)階段が終わると墓所







階段が終わると 墓所のようでした。その先の急坂の 丸太階段が 山頂への道らしい。
急な道でしたが ほどなく 水平道になります。山頂尾根に乗っかったのね。

42)正面の急斜面が登山道。

43)やがて水平道。

44)この先が大比叡三角点でした。




人工物の前に 佇んでおられる登山者に 「三角点はどこですか?」と、お尋ねすると、
コンクリートの建物の裏側 こんもりした箇所が三角点とか。
お礼を言って分かれました。すると 先行登山者さんが 三角点を探しうろうろされてた。
「この 上らしいですよ。」と 一緒に上がり眺めた。記念写真の写しあいでした。

45)枝に雪がありました。この先が三角点。

46)三角点ゲットでした。

47)写していただきました。




戻り 「智証道標」から、坂本へ下ろうと 思っていましたが、
山頂で坂本在住の男性と出会い 道を教えていただく。
山と高原地図を出し 教えていただくと このまま西へ進みガーデンミュージアムへ。
ガレージを突っ切り、売店の先から「右へ!」の道で
 「根本中堂」へ戻る きれいな道があり、景色もきれいです。と 教えていただきました。
なるほど、なるほど、とその道を歩くことにしました。



先行登山者さんに続き 西へと下る。すると ガードレールのある舗装道になり 右手には 京都北山の絶景ですやん!!

48)こちらへ進む。

49)ふかふかと下りやすいです。






50)絶景をバックに一枚「カシャー」

51)皆子山?権現山?

やがて ひろい 「ガーデンミュージアム」前のガレージに降り立つ。
琵琶湖川を眺めに進む。
「ガーデンミュージアム」は 冬季は閉鎖のようです。
琵琶湖、京都方面を眺め、登山道を探しに 売店横を進みました。
写真は撮っておらずでございました。(汗)

52)ガーデンミュージアム前のガレージより

53)ガレージよりの絶景でっす。




ガレージを突っ切り、売店の横の道を進んでいくと ありました。右への急カーブ道。根本中堂へ戻る道です。
展望がよいらしいので 楽しみです。

54)ガレージ突っ切り 売店の横を進む。

55)あったあった。ここですね。

56)標識に 根本中堂とあります。




杉林の中の 広い歩きやすい道でした。

57)

58)

59)友人も雪を楽しんで歩いています。




下り登山道がゆるやかに 右へとカーブした先に、展望箇所かベンチが見えました。
近づくと絶景が見えました。 京都北山の 累々たる山々です。
日本はなんて 山が多いいんでしょう。ずーーーっと 山が見えます。
カップルに シャッターを頼まれました。ご夫妻も 眺めにこられた。都合6人で眺めていました。

60)う、、ん 雲取山とか、桟敷とか みえてんのかな???

61)ここからも権現?皆子山?





62)

63)

64)分岐nの標識。やりすごします。




やがて 戒壇院へ合流し 根本中堂、と進みました。
根本中堂前 おトイレをお借りすると< なんと、山頂で登山道を教えてくださった方と再会!
にこやかに 先に下って行かれました。延暦寺会館横へと 進み、舗装道路でアイゼン装着。

65)戒壇院へ合流しました。

66)延暦寺会館の基礎の塀横を下ります。

67)




舗装道路が終わると アイゼンはずし、谷は雪が緩み 難なく下りました。
やがて、、、日吉神社鳥居さんが見えてきた。

68)

69)

70)喫茶 珈琲人(こひひと)


無事くだり、「お茶する?」と 言うことで、駅近くの喫茶店に入りました。
お隣の席のご婦人、私達のいでたちをごらんになられ 「どちらの山でした?」と 話しかけてくださった。
話しているうち なんと 以前はご近所さんだったことが分かりました。
今は 引っ越した 幼稚園の理事長婦人とか、もうびっくりでした。

山科で快速に乗り換えました。京都で座れると 暴睡 あっという間に 芦屋でした。
「また いこうねーー♪ 」と 別れました。  ひえいざ〜〜〜ん ありがとう〜♪




不正確です。


摩耶山さん歩  ほがらか掲示板  2013年山行記録