摩耶山 旧摩耶道(もとまやみち)

神戸市 2009/05/21

山行時間=山歩き 2時間弱 町歩き1時間半


風邪がやっと 直ってきた。
仕事も休みだし レポがない旧摩耶道
(もとまやみち)を軽く歩くことにした。
昨日の「センダンの木」の前で 
カメラのシャッターを押すと、
「カードがありません」と、出た!
「ぎゃ〜!! SDカードわすれた!!」「あちゃ!」 
今度歩く気になるのはいつのことやら、、、。
すごすご 家に戻りました。
これで相当ロスしたわ。切り替えて仕切りなおし。
(´−`)登山口についたのが、10時半だった。





自宅…青谷バス停…妙光院…青谷道登山口…静香園…アケボノ茶屋…水場…行者堂…畑を通過…大龍寺分岐…学校林道分岐…雷声寺


松蔭女学園の北側、「青谷」バス停で降りると、北側交差点に 「妙光院」と あるところを北へ進む。ほどなく妙光院である。
青谷川にかかる「まやはし」を渡ると 「青谷道登山口」です。バス停から登山口まで5分ほどです。


まやはしを渡ると登山口。



登山口の石垣にぶら下がっている テイカカズラは? 「あっ 咲いてるやン♪」「カシャ〜♪」
昨日は 探したけど 一輪さいているだけでしたが、今日は 30%ぐらいほころんだみたい。
毎日登山の方が 下ってこられ ご挨拶。「おはようございま〜す。」


「キショウブ」が、咲いていた。

「エゴノキ」



青谷第一堰堤の河原に「キショウブ」が、見えたよ〜♪ 
奥には 「あっら==!! エゴノキ」が プラプラ。
(そういえば去年もここにエゴノキがあったと喜んだような、、半アルツは楽しいな。)



「コナスビ」

「ユキノシタ」

「コアジサイ」

コナスビ ユキノシタ コアジサイと 花盛りです。




どなたが植えたか「桃の木」とか。

小さな「桃」の実です。

行者堂前 畑の中が「登山口」

「大竜寺」前 堰堤では 畑のお世話に余念が無い 紳士がお二人。楽しそうです。
水場の手前の 急坂の手前で 高齢のご婦人が なにやら呟いておられる。「桃の実がようついとる」
「これ、桃ですか?」「そう桃。 ようついとる。」と 低い声で話してくださった。
桃でしたか!! 幹を見ると桜のような?? 確か春には花が咲いていた。桜の花だと思っていました(><)
「桃だったんだ!!知らなかった。勉強になったわ。」
行者堂にお参りし、行者堂西にある 畑の真ん中を進むと、「旧摩耶道」となる。




「アマドコロ」

旧摩耶道へと入って行った。

「タニウツギ」

旧摩耶道に入ると「アマドコロ」が 昨日に比べて ふくらんでいました。(´−`)
谷詰まりへと下る所に、「タニウツギ」があったはず。
あった!! 今年も咲いていました。(´−`)
一旦下っていきます。


元摩耶道のこと=
昔 「熊内八幡神社」の3段上に「真言宗布曳山滝勝寺」が、あった。本尊は布引の滝壺から出土したという「馬頭観音」で
通称「滝寺」と言い、最盛期は寺坊36を数え、またその擁していた僧兵が布引の城山への赤松円心攻めに際し、 赤松方にくみして戦ったと いうほどで、世人の敬仰熱く、摩耶山上の「天上寺」とこの「滝寺」とは兄弟寺として、 組み合わせて参詣することが 当時の慣わしであったそうだ。この二つの寺をつなぐ参詣道がこの元摩耶道で、 明治20年ごろが最も盛んであったとか。
またこの当りの里人は日常の炊さん等の、燃料である薪類をこの山に得ていたので、その採集のための往来も 繁げく、
ためにこの道はいつもきれいに管理されていた。それが時代の移り変わりでその必要も無くなり、滝寺は他所に移転する等もあって、 信仰も 世相も著しく変貌し さらに、水害、戦争などもあったりして すっかり人通りがとだえ、荒れ果てたジャングル化してからすでに50年。  50年の歴史を持つ有力な登山団体「突破嶺(つくばね)会」の人々が、この事を憂い、勤労奉仕でこの開拓に着手してのが昭和41年6月であった。 休日ごとに 大勢の会員達が汗を流して作業すること3ヶ年余りで、雷声寺…行者茶屋間2.1キロのハイキングコースを修理し、 東尾根 西尾根 中尾谷をも修理し 安心して楽しく歩けるようにしたのが 今日の姿である。
(主人の本に載っていました。山と高原地図2003年度版には 旧摩耶道以外は、載っていません。
労災病院北から 入る 神仙寺尾根は 登りましたが、東山尾根は未踏です。また 歩かねば。)





白いめしべが目立つ「タニウツギ」

青谷川源流部の橋を渡る。




谷沿いにつけられた道。

源流部を過ぎると 軽い登りとなる。
狭い登山道は 雨で流れ ほとんとが 斜め道になっています。
左側の谷は結構深い。うっかり滑ると大変。気をつけよう。
右には三本鉄塔の461Mの尾根。左には青谷が暗く深い。




「行者堂」が、見えた。

「掬星台」

「大杉さん」

あれ! 建物が? と写してみると 行者堂でした。
谷向こうに 掬星台、大杉さんが、見えた。


「上田道」分岐。青谷道へ出ます。

「ニガナ」

いい感じです。♪

久しぶりに上田道分岐に来ました。なかりんさん さんぞうさんたちと歩いたっけ。
青谷道の石積みの所に、出られますが、以前は「雷声寺2キロ 上田道」の表示がありましたが、いつからか、もうありません。

旧摩耶道側の標識は きちんとあるようです。


「学校林道分岐」についた。

北は、「学校林道へ」

南西へは「東山尾根」と「雷声寺」へ

学校林道分岐に 11時30分 到着。山と高原地図によると ここが「東山(460?)」とあるが、
主人の本では もう少し西の 313.4Mピークが東山とある。どっちかな?

ここは四辻になっていて、北へは三本鉄塔から「学校林道」へ。南は 労災病院へ下れる「神仙寺道」。
南西に 「東山尾根道」西には「雷声寺」。東には「青谷道 行者堂」です。







「旧摩耶道」の標識の前に、、

このあたりはほとんど水平道で 快適に歩きます。



踏み跡があり テープがあった

「通報プレート」

相変わらずの道。右に「苧谷」
歩き始めは 「青谷」を左手に見ながら 細い道を歩きますが 「学校林道分岐」を過ぎると、
右手に「苧川谷(うかわたに)」を見ながら 歩くことになります。

学校林道分岐から、5分程の所に、標柱がありました。
そこの南に踏み跡がある。足元には 枝が積んであるが 見るとテープが張ってある。
尾根道かな。また歩いて見たいな。尾根尻でまた合流してるのでは。
(帰宅後 分かりましたが、もしかしたら 東山313.4ピークかも?)



ここで尾根道が合流して来た。



南に展望があった。

やはり尾根道だったよう。山腹道に合流してきた。木に赤ペンキで「キ」の印があり テープがあった。



北に見える 天狗道。




可憐な花は?




うっすら見える 天狗道の尾根。

このあたりは、苧谷の向こうに、突き上げる 稲妻坂 天狗道の稜線が 葉っぱ越しにちらりと見え、
明るく 楽しい稜線歩きとなりました。



「ウツギ」

石柱が倒れてる。






苧川谷(うかわ)の向こうに 上部の崩壊地が見える。



もしかして? 西尾根?薄い踏み跡がある。

南はピークが切れると ちらりと 中央区の町並みが見える。

これは西尾根でしょうか。、丸太階段下り口分に 南へ下る薄い踏み跡があった。
微かな踏み跡しか残ってないのかな。また歩いてみたいです。
ここで、御近所の方か登ってこられた。 おたずねしたが分からなかった。





階段下に 不動明王が見えた。

階段を下る。

超急な丸太階段を下ると 雷声寺の不動明王様の脇に出る。
階段をくだると 雷声寺本堂となる。


雷声寺本堂かな。

階段を振り返って。

神戸市中央区熊内(くもち)の町

以前は草原だった所が、新しい墓地に開発されていました。
まだまだ、余裕があるようですよん。熊内の町を下っていきます。


道路に出て 右へと進む。初めての分岐を直進が 「熊内八幡神社さん」。
私は階段をくだり、布引中学の横を通り 自宅へ急いだ。
だって おなかがすきましたペコペコだ!。



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